【オリジナルマット工房】スタッフブログ
2010.03.31 見寺録-石薬師寺
石薬師寺(いしやくしじ) 真言宗東寺派 高富山 開基:泰澄
三重県鈴鹿市石薬師町1
西国薬師四十九霊場33番 三重四国八十八箇所番外
鈴鹿七福神「恵比寿」
三重県鈴鹿市は人口約20万人、鈴鹿サーキットで有名。本田技研工業が工場を置き、工業都市のイメージが濃い。市のホームページにはスペイン語とポルトガル語のページもあり、南米からの研修者や労働者が多いのではないかと思わせる。
このお寺は、国道1号線のすぐ近くにあるが、1号線がバイパスのように整備されているため、小さな枝道に入る交差点は少なく、このお寺へも大回りして行った。駐車場は4.5台程度が止められる空き地のような所。参道は短い。総門を入るとさほど広くはないが、よく整備された境内が広がる。灯籠や堂宇が所狭しと建っていて、ちょっと窮屈な感じがする。
秘仏の石薬師は見られなかったが、広重の浮世絵に描かれた石薬師寺を知ることが出来てよかった。
お寺について(ホームページなどで得た情報です)
神亀三年(726)泰澄大師が当地の森の中で一巨石の出現に出会い、薬師如来が衆生利益のため示現されたものと悟り、一草庵を設け恭敬供養なられた。これが当山の開創である。弘仁三年(812)弘法大師が自ら薬師如来を刻み、開眼供養をなされた。これにより人々の信仰は高まり、嵯峨天皇は勅願所とし、荘厳広大な大寺院を建立され、高富山西福寺瑠璃光院と号し四方崇敬の精舎と仰がれる程であった。
戦国の戦火のあと神戸城主一柳監物により、寛永六年(1629)再建された。建物の規模は桁行三間、梁間四間、寄棟造。本瓦葺きで一間の向拝がつく。市内で最古の寺院建築。
石仏は花崗岩で像高190cm。寺伝によれば、弘法大師が地面生え抜きの石に刻んだという。浅い線彫り、ほおはゆたかで、薬師仏として親しまれてきた。平素は秘仏であるが、十二月二十日の「おすす払い」には、洗い清められる。平安後期の作。
東海道五十三次の宿場の一つで、広重にも描かれる。国道一号線沿いのこぢんまりとした寺。
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総門 2009/03/07 |
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境内 2009/03/07 |
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本堂 2009/03/07 |
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境内 2009/03/07 |
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広重 東海道五十三次 2009/03/07 |
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