【オリジナルマット工房】スタッフブログ
2010.04.21 見寺録-雲龍寺
「う」で始まるお寺はひとつだけです。
雲龍寺(うんりゅうじ) 曹洞宗 高源山 開基:良源
兵庫県三木市上ノ丸9-4
見寺録で紹介するお寺の「い」が終わって、次を考えた時「う」で始まる寺がなかった。「う」の寺がないのは、絶対数も少ないであろうから、「う」をとばしても良かったのだが、三木市に雲龍寺があったなあと思いだし、急遽、このお寺に行くことに決めた。
三木市は東播磨地方に位置し、神戸市の北に接している。人口は約82,000人。金物の町。なだらかな丘陵地が広がり、ゴルフ場やニュータウンが多く開発されている。美嚢川という大きな川が旧市街の中心を流れ、明るくのびのびした景観がある。肥沃で落ち着いた暮らしやすそうな印象を持った。
山陽自動車道、三木小野インターを下り、ナビに従って車を進めると旧市街に入り、細い枝道に案内された。門前まで車で来たが、止めるところがない。住宅地の狭い道をぐるっと回って引き返し、近くの図書館の駐車場に止めた。 同じ敷地にある堀光美術館には参拝の後訪れた。
歩いていくと左手からアプローチすることになり、白い漆喰の土塀が見えてきて美しい。門前に来ると葉桜になりかけた桜が迎えてくれる。観光客を招いたり、寺宝拝観は行っていないようで、静まりかえった境内があった。鐘楼など近年改築された所もあって、時運は栄えているようだった。さて、別所長政の首塚という案内標識に従って行ってみると、そこには広くてとても立派な駐車場があって驚いた。ナビに多くを期待してはいけないが、ここに案内してほしかった・・・。
戦国大名別所長政は、夫人と共にこの地に眠る。
お寺について(ホームページなどで得た情報です)
天徳二年(957)天台宗の僧良源によって創建されたという。その後、平安時代後期の保元年間に兵火にあって荒廃したが、鎌倉時代後期に赤松氏によって復興され、元亨二年(1322)には後醍醐天皇により現在の山号に改められた。室町時代には別所氏の帰依を得た。天正六年(1578)豊臣秀吉による兵火により焼失したが、秀吉から寺領を安堵されている。
秀吉による、2年間も及ぶ兵糧攻めで敗れた三木城主別所長治の首塚がある。別所長治の首は京都に送られたが、当寺住職が貰い受けて持ち帰り、首塚として手厚く葬ったと伝えられる。
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山門 2010/04/18 |
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本堂 2010/04/18 |
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庫裏 2010/04/18 |
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境内 2010/04/18 |
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別所長治の首塚 2010/04/18 |
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