【オリジナルマット工房】スタッフブログ

2010.07.21  見寺録-延命寺

延命寺(えんめいじ)  真言宗御室派  薬樹山 開基:空海
大阪府河内長野市神ヶ丘492

河内長野市は、岩湧寺以来2度目の登場。高野街道が通り、古くから交通の要衝として栄えた。古社寺も多く残り、国の重文指定の有形文化財は83件あって、全国で12番目だそうだ。大阪府では大阪市に次いで多い。

延命寺へは、美加の台という新興住宅地を抜け、石見川沿いの道へ出て、上流へ少し行く。山門の右脇に車を止めるスペースがある。
この辺りは、自然公園として整備されているようで、駐車スペースは立派なトイレの前だった。

参道から、山門を抜けて一直線に延びる石畳の道。起伏のない一直線の石畳の先に毘沙門堂と本堂がある。その長さは50m程だろうか。遠近感の利いた景観を作っている。自然に囲まれた静寂に感謝。

自然公園へと登る遊歩道を行くと、途中、延命寺の凍り付いた蓮池があった。蓮池をぐるりと回る小道には石仏が置かれていた。

お寺について(ホームページなどで得た情報です)
 弘法大師空海がこの地に巡回したときに、自ら地蔵菩薩を刻んで本尊としたのが始まりと伝えられる。その後、延宝五年(1677)当地に生まれた浄厳和尚が高野山に修行ののち中興し、薬樹山延命寺と号し、現在に至っている。  延命寺のあるこの地は昔「おにしみ」と呼ばれ、平安期には「小仁深」と、中古には「鬼住」の文字をあて、周辺の道標にも「おにすみえんめいじ」と記されたものがあり、鬼伝説が残る。

○木造釈迦如来立像(重文)

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 山門  2006/01/09

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 境内 毘沙門堂 2006/01/09

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本堂 2006/01/09

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鐘楼 2006/01/09

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 蓮池の石塔  2006/01/09

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2010.07.02  見寺録-円通寺

円通寺(えんつうじ) 曹洞宗  永谷山 開基:足利義満
兵庫県丹波市氷上町御油983

丹波市は平成の合併で生まれた市で、旧氷上郡6町がその母体となっている。「丹波」は旧国名であるが、現在は兵庫県と京都府にまたがっているため、京都では平成の合併で、京丹波町という町が生まれた。旧来丹波と呼ばれた地域がそれぞれ丹波を主張したのでちょっとややこしい。

このお寺のある旧氷上町は、市の中心地域で、舞鶴若狭自動車道春日インターから北近畿豊岡自動車道に乗り、氷上インターで下りて行く。県道7号線を5Kmほど北上し、左折して約1Km行くと円通寺の駐車場に着く。
この辺りは加古川に沿って田園地帯が広がっている。その平地が山に変わる境目に円通寺は建っている。

境内全体がよく手入れされて、公園のような印象を持った。自然石で組んだ石段もいい味を出している。山門には仁王像(金剛力士像)が安置してあるが、その仕方が見慣れたものと違っていた。仁王像が安置してある門は仁王門と呼ぶこともあって、普通安置する場所は門と一体になっている。円通寺のこの門の左右には新たに仁王像を安置する建物を建てたようになっていた。仁王像も慶派で見慣れた造形とは大きく違っていた。ひょっとすると金剛力士像ではないかも知れない。

門をくぐると池があって、鴨が3羽泳いでいた。池に架かる橋を渡って石段を登ると本堂にたどり着く。正面に本堂、右脇に大きな庫院が曲屋のように建っていて印象に残る。
ここは紅葉で名高く、シーズンには様々なイベントが行われるという。

お寺について(ホームページなどで得た情報です)
 永徳二年(1382)正月、室町幕府3代将軍将軍足利義満が後円融天皇の勅命により創建した曹洞宗の名刹であり、年号の首字をとって『永谷山』と号し、天子の宝号の1字をとって『円通寺』と名付け勅願所と定められた。 全盛期には200余りの末寺を有して、丹波はもとより但馬・播磨・摂津にかけて君臨した中本山。戦国時代には一時衰退したが、現在の本堂、庫院等の建築物は江戸時代に再建されたもの。紅葉の名勝地として知られる。 本尊は如意輪観世音菩薩像で、後小松天皇より下裏されたものと伝える。

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 参道  2008/04/19

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 山門  2008/04/19

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本堂 2008/04/19

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庫院 2008/04/19

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池  2008/04/19

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