【オリジナルマット工房】スタッフブログ
2010.09.29 見寺録-王龍寺
王龍寺( おうりゅうじ) 黄檗宗 海龍山 開基:聖武天皇
奈良県奈良市二名町6-1492
奈良市の西の端、生駒市とはすぐ近く、大阪府との県境にも遠からずこのお寺はある。阪奈道路から飛鳥カンツリー倶楽部へ向かう細い道へ入り、ゴルフコースを横切ると左手に山門前の空き地があってそこに車を止めた。
奈良市は南へ向いては平坦な地形が広がるが、東西北は丘陵地が広がっていて、起伏に富んでいる。このお寺も生駒山地の裾野にあって山門から上りとなる。
山門脇にあるのは「不許葷酒入山門」と彫られた石柱。やましいものは何も持っていないのに、山門を潜る時、飛行機に搭乗する、あの威圧感と緊張感を味わった。こういったものが置かれているのは、禅宗の寺院だけかもしれない。少なくとも真言、天台の密教系の寺院では、お供として一升瓶が束になって須弥壇の上に置かれているのをよく見かける。
山門を入ると、そこから本堂まではゴルフ場に囲まれた寺域でありながら、現世を忘れさせるような空間がある。ひんやりとした空気。昼なお暗い原生林のような森と苔むした石畳の参道。程よく壊れた東屋と石段。悪く言えばうらぶれたイメージだが、人工物と自然 のせめぎ合いだと気付けば心が豊かになれる。山門を入ってから堂宇は全く見えない。150mほど参道を行き、最後の石段を登るとようやく本堂の正面に着く。なだらかな屋根に壇がついた錣葺(しころぶき)屋根と丸窓の禅宗様の建物が印象的だ。
本堂右手奥に墓地が広がっていた。無縁墓となった墓石がうず高く積まれている中に、真新しいものがちらほらあった。どういう事情があったのだろうか。気の毒な気持ちになる 。
お寺について(ホームページなどで得た情報です)
海瀧山王龍寺と号する。北倭の古刹で聖武天皇の勅願により建立と伝えられ、一時は坊千軒を数え隆盛を誇ったが、盛衰廃絶の時期があった。貞享二年(1685)本多下野守忠平公が大和郡山11万石の城主として入部、元禄二年(1689)古址を復興王龍寺を創建、黄檗宗開山隠元禅師の孫弟子僧梅谷を開山にして菩提寺とした。
本尊は十一面観音像で摩崖仏。そこには、「建武三年(1336)」の銘が刻まれてい る。本坊近くに樹齢300年の「ヤマモモ」の大樹がある。昭和五十四年(1979)奈良市指定文化財に指定されている。
|
|
山門 2009/02/15 |
|
|
参道 2009/02/15 |
|
|
参道 2009/02/15 |
|
|
本堂 2009/02/15 |
|
|
本堂 2009/02/15 |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ||||||
| 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
| 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
| 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
| 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
| 30 | 31 |








