【オリジナルマット工房】スタッフブログ
2011.05.17 見寺録-大野寺
大野寺(おおのでら) 真言宗室生寺派 楊柳山 開基:役行者
奈良県宇陀市室生区大野1680
史跡:弥勒磨崖仏
平成の合併前、室生村は人口6千人あまりの村だった。宇陀市の中心榛原からは6~7Km。三重県へは4kmあまり。この地区の中心地は近鉄室生口大野駅周辺で、大野寺は駅から南へ300mほどと近い。道を挟んで向かい側にトイレと駐車スペースがある。
道路脇から少し石段を上って境内に入る。本堂も小さく、2、3の堂宇があるだけで境内は広くない。しだれ桜の大木や萩などがあって、季節には華やいだ姿を見せるだろう。あいにくこのときは2月で、葉を落としたしだれ桜はシャワーのようだった。
川を挟んだ向こう側に磨崖仏が拝める。遠目でもその大きさがわかるというもの。川を渡ることができそうもないので、近くで足元から眺めることはちょっとできない。よって笠置寺の磨崖仏のように、反りかえるように見上げる、あの圧倒される存在感を感じることはないが、見通しが良く、風景に溶け込んでいるようでもある。
供物や花が飾られたお堂越しに眺めれば、それは奥行き50mを超えるような巨大な本堂に鎮座する弥勒菩薩であることに気づかされる。こっちがほんとの本堂だろう。
お寺について(ホームページなどで得た情報です)
大野寺は古くから室生寺の末寺として「室生寺の西門」とよばれてきた寺で、役行者が室生寺とほぼ同時に開創したと伝えられる。天長元年(824)になって空海が一宇を建立し、慈尊院「弥勒寺」と称したが、後に地名から「大野寺」と呼ばれるようになった。 また、境内奧には遙拝(ヨウハイ)所が設けられ、対岸の屏風ケ浦の有名な大野寺磨崖仏を見ることができる。この磨崖仏は興福寺の僧、雅縁が笠置寺の磨崖仏を模して造立する事を発願したといい、承元元年(1207)10月から1年かけて、宋人の石工伊行末(イノユキスエ)とその一派が線刻を施した仏像だ。後光をかたどった光背の中におさめられた弥勒菩薩像の大きさは約14メートル。ほんのすこし頭を傾け、挙げた左手に印を結んだ姿でたたずんでいる。承元3年(1209)の開眼供養には後鳥羽上皇の御幸もあり、盛大に行われたという。
○本尊・地蔵菩薩(重文) 鎌倉時代初期
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境内 2006/02/19 |
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本堂 2006/02/19 |
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お堂(遥拝所)から磨崖仏を拝む 2006/02/19 |
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弥勒磨崖仏 2006/02/19 |
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弥勒磨崖仏 2006/02/19 |
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